2011年06月02日

帰省。

地震以来久々に帰省してきました。
実家はニュースなどで聞いたことあるかも知れませぬ、福島県の川俣町でございます。
家のある場所は、計画的避難区域とは離れた場所なので、影響はありませんが週一ぐらいで放射線量のレポートが届けられます。
スーパーなどの品揃えは潤沢といって良いと思います。
物資は届いた、さてこれからといったところでしょうか。
で、改めて両親に尋ねた。
「地震の影響で被災地以外の祭りとか花火の自粛は必要か?」と。
父親は最初意味がわからなかったみたいで。
関係性すらなかなか結び付けがたいぐらいなので、自粛とかは自己満足の世界だと個人的には思うのです。


今回の帰省は地震以来というのもありますが、大部分は祖父の様子を見る、祖父に顔見せするのが主でした。
昨年末胆石で入院して以来めっきり老け込んだとは聞いていたのですが、いわゆる寝たきりに。
ずっと寝てるとだけ聞かされていたので、帰ってすぐに挨拶に行った時、その姿に正直戸惑いました。
祖父は第二次大戦に出征し、満州で終戦を迎え当時のソ連侵攻から辛くも自力で逃げ出し、シベリア抑留を免れたと子供のころよく聞かされました。
日記を毎日つけ、本や文房具なら喜んで買ってくれる人でした。
言葉はゆっくりなら話せますが、半分寝ているような意識状態に見受けられます。
祖父の書庫を改めて見ると、農業の参考書、山野草の事典、太平洋戦争の回顧録、郷土史、ずっと学び続けた人だったのだと。
今も、今後もおそらく筆を執ることはもう出来ないでしょう。
その祖父のおそらく絶筆になるであろう日記の最後には「夢にまで見た我が家に帰ってきた」

戦争だけはしてはいけない。
posted by れもら乃輔 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記